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萩原先生 語録

このブログをはじめた最初の頃、

「仮定法過去完了」

という記事を書きました。


本棚の奥に、

英語の副読本「The boyhood of David Copprefield」を発見し

ページの端っこに、萩原先生のお小言(怒言!)が

幾つも幾つも

仔細に書き留めてあるのを見つけました。



いたずらに書かれたお小言を

むさぼるように読みふけると

なつかしい授業の風景の中に自分がいるようで…



過去記事とダブる箇所もございますが、

一気に蔵出しいたしまして

萩原先生への哀悼の意とさせていただきます。



萩さんのあの声、忘れるはずがありません!再生してください!







■自分の好奇心がないやつは

勉強なんかする資格がない

その、おまえらの、できるだけさぼって、いい点をとろうとする

きたない根性を捨てろ

それは勉強をするやつの、一番の堕落だ

できるだけ努力をするのです


半年も両国にいて何やってんだおまえら

ただおったつだけか

おまえら、人に差をつけようとするが

自分に差をつける

それが勉強だよ

人とは仲良くしてればいいんだ

はい次ー



■初めてでだめなら、2回3回で覚える

できないから一生懸命やるんだよ

みんなできないじゃないか

なぁにをもたもたしてるんだよ

仮定法過去完了

早く覚えろ



■ふざけるな

俺が怒っているのは3回も言って覚えないからだよ

エネーブックスウィルドゥーのところでやったはずだ

ばかやろー

本気になって今までと違うところを覚えるんだよ



■英語!英語!日本語で言うなよ!



■授業中全然右手の動かんヤツ

授業に出る資格なんかないんだ



■授業中聴いてないやつ

すわれ!すわれよ!バカの骨頂だ!

授業中、不愉快そうな顔をするな!


いいかげんな教師に習うなら、いいかげんでいい

俺はそんなつもりでやってない

人間と人間のつきあいだ

それに応えてください

能力のいかんにかかわらず精を出す

それが両国精神だ

それを習慣にしてほしい

もう1度言う!!!!!

できるできないは結果論

それは君たちにとって重荷だ

しかし、重荷がなくってなにができる



■自分のへたな訳でけっこう

借り物はいやだ

俺は君たちの、借り物のうまい訳を聞くと腹が立つ

自分の恥になることはするな



■授業を上回る素質があるならけっこう

素質なんかねーじゃねぇか

授業中何をしてるんですか

だからだめなんだよ

授業をばかにするな

そこ、お願いのmay



■はぁーーー2ページだな、3ページはムリか?


■仮定法過去完了が次からドカドカ出てくるぞ


訳せ!単語もダメ?最低、みっともねぇ…

わかったようなわからんような、結局わからんね



■それができなきゃ、ワタシの言う次の段階に進めないでしょ

英語は特に積み重ね

あやふやなものをなんで試験で書ける?

へんな直訳はするな!いいかねー 

はい52ページ


■今ここで何をなすべきか考え直せ

精神的な要素が問題

そのへんがぐにゃぐにゃしてたら何もできないんだ


土足で平気で本館を歩くバカがおる

用務員が朝一生懸命拭いているんだ


そういう神経のやつが勉強したってダメ

やらん方がええわ


人が精魂込めて拭き上げたところへ

平気で土足で歩くやつ

にやにやして顔つきもダメ!

何もなければ裸足で歩け!

それが両国生だった

最後までたるんでおるので言っておく



■まじめにやってる人が少ないから言っておく

今の状況で2年になれるはずないだろ

そういうばかがたくさんおる

まじめな人にとっては、たいへんな迷惑

今の状態では、1年間何の構築もされてない

考えろ!!!


■おい、これ、どこまでやってある?

あと2ページか

ん?3ページだな 絵は1ページにはいらないんだよ

3ページかぁたいへんだぁ

ばかものども












怒られて怒られて怒られて…

先生の指導の愛の深さに今頃気づく、ばかものどもでございます。



宿題が終わらぬまま、新学期が始まってしまったような

やれたはずなのに、やらなかった自分を今さら悔いたりして…




読んでいただいてありがとうございました。




萩原先生、ありがとうございました。

心から心から御礼申し上げます。

合掌


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コメント

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萩さん

 今は新小岩で名獣医師の誉れ高い同級生の思い出です(本人の名誉にかかわることなのであえて名前は伏せます)。

それは入学から半年も過ぎた土曜日のことでした。最終授業は英文法。直前の休み時間に「萩原の授業って緊張するから疲れるよな」と彼はのたまいました。

やがてチャイムが鳴りポケットに突っ込んだ手でズボンをボンタン状に広げた萩さん登場。授業が始まっても自信満々なのはK山女史だけ。T辺、K辺、ヤス、G司、M田、K藤、B場、オイラ…。M井はもういなかったかな。ブルブル震えておりました。

「A man is known by the company he keeps」 三太郎!訳してみろ。

「務めている会社で人間の価値は決まる」 違う!キミたちのことを言っているんです。

Y川どうだ? 「友達を見ればその人がわかる」。そうだ。そこから転じて「類は友を呼ぶ」だ。

熱を帯びる萩さんの声。でも次の瞬間でした。1オクターブ低い声で萩さんの罵声が飛びました。

「宍戸!寝るな」。

始業ベルから10分経っていなかったと思います。緊張しすぎて眠くなっちゃったんだねまS戸くん。そうしてボクたちは「類は友を呼ぶ」の意味をしりましたとさ。

また萩原先生の授業受けたかったですね。再び77回同窓会を開く機会があれば、ぜひ先生方の特別授業をやってもらいたいですね。沢村先生の暗誦とか、三浦先生の文学論とか。テキスト作って。予習してくるのが当然で。企画しましょうか?

コメントありがとうございます 

新小岩の名獣医さん、実名出ちゃってます(笑
管理人は原文を尊重し伏字にしませんのでね。
ところで宍、いえS戸君は、このブログをご覧でしょうか?
三太郎君、ぜひお知らせいただき、ご一読くださいますようお伝え下さい。


萩原先生の肉声が伝わってくるエピソード、ありがとうございました。
先生が教室に入ってくると、空気が張り詰め、咳払いすら響いてしまうほどの緊張感でした。
緊張の糸がプッツリきれてしまった者は
睡魔に襲われたり、勉強以外のことを記述したりするのでしょう。


澤村先生と三浦先生の特別授業と同窓会のコラボ、いい企画ですね!



No title

厳密には“Birds of a feather flock together”が「類は友を呼ぶ」。
“A man is known by the company he keeps”とは意味合いが違う。
百歩譲って意訳だとしても、やはり無理があると思う。

当時それに気づいていたとしても、15歳の子供には有無を言わせぬ圧倒的な威圧感。
あの世で再会したら、「先生、あれちょっと違うんじゃない」とささやいてみたい。
教室では怖かったが、1人で対面すると優しい教師だった。

合掌

SPILT MILK

管理人様
先生の声がよみがえってくるようなお言葉でした、ありがとうございました。
英語の諺をみなさん思い出されたようで、私も懐かしく思い出すのは「覆水盆に返らず」です。
It's no use crying over spilt milk.先生はよく意訳せよとおっしゃっていましたね。

コメントありがとうございます。

チェリーボーイ様☆
レクチャーありがとうございました。
あの世で先生に再会したら、ワタシはきっとまた小さくなってあたふた辞書をめくっては…
「なぜ予習してこない」「辞書は3秒でひきなさい」などといわれてることでしょう。



3年I組様☆
「覆水盆に返らず」。はい!覚えています(というか、思い出しました)
英語の諺が皆さんからいろいろ出てきました。勉強になります。
天国で先生にお会いする時のために、諺を予習しておくのはいいですね。

ぱららいず

ちょうど今の我々の年齢(50歳)のときに、高校時代の私たち鼻たれ小僧にこんなことを言ってくれていたんですね。今の私が同じことを言えるかと考えるとこれっぽっちも言えない。すごい先生に教わっていたんだなあ。
すごみのある声での「ぱららいず」は今でも覚えています。ありがとうございました。

コメントありがとうございます。

「ぱららいず」英語英語!日本語で言うなよ!きゃんどる「ぱららいず」のスペリングは?スペルじゃないんだよ、スペルは呪いでしょう、綴りはスペリングだ、言え

こんな感じだったのではないでしょうか。


No title

萩原先生といえば、卒業目前の最後の授業の終業間際に、私たちに向けて長い話をされて(話の内容は恥ずかしいことに覚えていません)、最後に一言、ぼそっと「役に立つ人間になれよ」とおっしゃったのが耳朶を離れず、これまでの人生でも何かあるたびに思い出してその都度反省したり、情けなく思ったり…。50歳になり、人間とは何のために生きているのか、などと考えることが多くなりましたが、先生のおっしゃった言葉の意味の深さを改めて考えています。知らせてくださりありがとうございました。

コメントありがとうございます 

最後の授業。
かすかな記憶ですが、我等は敬意を払っていただき、やさしい言葉をいただいたような気がいたします。
覚えていらっしゃる方がいましたら、ぜひお教えくださいませ。


淡交会HPに萩原先生の追悼文が掲載されました。
どうぞご一読ください。
http://tankoukai.net/menu6/onshi/hagiwara-sensei.html

爆撃

1、2年生の時は男女共学クラスだったので、しょっちゅう席替えをしていた。
運悪く、教卓の前の席(真ん中列の最前席)になったことがあった。
ハギさんは授業中、あの 腹に響く野太い怒声に加えて、ドンドンと
教壇を踏み鳴らし、さらに興が乗ると、ドカッ、ドカッと教卓を蹴っ飛ばしていたよね。
おいらはこの最悪の席での授業中、空襲時の防空壕はさもありなん、と脅えていた。


先輩から
「ハギさん、教卓を蹴破ったことがあるんだぜぇ!」
と聞いたことがあった。
(おいら)「エエッー マジッすか?」(明らかに不信声)
(先輩)「ああ。 ドカ・ドカ・ドッカン・ベリッ
白エナメルの爪先がコンチワーってな。」
(おいら)「コ、コンチワー・・・って(教卓前の席じゃ)
顔のマン前じゃないっすか!!」(恐怖で引きつる)


或る日、いつものように
「何度言ったらわかるんだぁ~ ドカッ、ドカッ・・・ドカン」と轟音に加え、
いつもとは違って、目の前の教卓の前面の板が、一瞬自分の方に膨れて飛び出した。
ピシピシッという音も聞こえた。

つ、ついに来るか白エナメル!
と、恐怖で心臓が止まってしまうかと思った。
幸い教卓は持ちこたえ、ハギさんは何事も無かったかのように怒鳴り続けた、
ほんの少し顔を斜め方向にそらしただけで。

だが、おいらは見逃さなかったぞ!
ズリ上げた黒ぶちメガネの奥のハギさんの目には
明らかに狼狽の色があったことを。
まるで漫画の吹き出しを見るように
「フゥ~ また教卓ぶっ壊すとこだった、ヤベエ ヤベエ」
ハギさんの心の中の声が見えた気がした...


萩原先生のご冥福を 心よりお祈り致します。

コメントありがとうございます。

Gyungho様☆
臨場感あふれる描写、思わず東館にワープしましたよ。

威圧感のかたまりのような先生が時折見せるチャーミングな表情こそ、悪童どもを従わせる魔(魅)力だったのでしょう。

管理人様 本当にありがとう!

当てられて(例のごとく)予習も何もしてなくて、、
ただただ うなだれて、罵倒されるばかりの日々。

その日も、教卓前の席だったから音量すさまじく、
ハギさんの(怒声以外の、体から発せられている)何かが そりゃ恐ろしくて、
でも、恐る恐る顔を上げ、ふと眼を見ると、澄んでいて、なぜか寂しそうで・・・
燃え盛る怒りの火とか、けっして 軽蔑の眼差し などでは無かった・・・


こんなこともあった。サブリーダの時間、クラスメート(の女子)が、当てられて
しどろもどろに訳し始めた。

ハギさん 「なぁんだぁ、 自信が無いのか!」(批難口調)
予習というのはね、完璧にするもんなんですよ! 全力でね!!」 (激しい口調)

でも、見上げてみると顔が少しほころんでいるの。 目元が優しい。(嬉しそう!)
そうなんだよね、その前は「やってません」で罵倒され、涙を流していた彼女。
今回はちょっとは(いや、かなりだったのかも)予習して来てたんだよね。

高校時代、ハギさんの授業、90%以上は恐怖と、
怯え(当たりませんように、今日だけは! → 今日当たりませんように ・・・ サボりの常態化)
でしたが、
残りは、なぜか 「スキv-238」(お笑い) でした。


魔力」ですか!
la tera 管理人様、本当にうまいことをおっしゃる(笑)




......
萩原先生の訃報をこのブログで知りました。

避らぬ別れのなくもがな

数日間、もう取り戻せない時間を想い、
最初は寂しさが、そして今は、訃報をお知らせ下さりありがとうございます、
と感謝の気持ちをお伝え致したくなり、投稿させて戴きました。

私もです

皆さんと同じように管理人様のブログで先生の訃報を知りました。
tera様のブログの存在、感謝致します。

随分前になりましたが、我が愚ブログでも訃報をお知らせ致しましたところ、
数人の同窓生さんからコメントを頂戴致しました。
それは萩原先生に対するコメントなのでご報告させて下さい。
皆さんのコメントと共に天国の先生の元へ届けば良いのですが。

http://wasurejinokimi.blog14.fc2.com/blog-entry-1025.html

合掌

最後の授業の最後に

「みなさんにこんなことを言っていますが私もまだまだ若造です。これからも勉強することがたくさんあります。」というような事をおっしゃっていたことはよーく覚えています。
もうすぐ50歳になる某管理人さん。
やっとあの頃の先生の年になりましたが、先生がこの年に若造だったんなら、われわれは赤ん坊ですね。

hanafusa様

ここで貴ブログの存在を度々PRなさるよりも、
淡交会公式HPの会員関連情報に貼られたほうが・・・。
ここは節度をもって書き込みにとどめましょうよ。

コメントありがとうございます 

Gyungho様☆
不完全な予習の生徒に投影される姿、それはワタシであり、みんなであり、両高生一人ひとりなんですね。
教卓前の貴重な記憶。
鮮明に映し出していただき、ありがとうございました。


hanafusa様☆
労いのお言葉をありがとうございました。
常日頃は、相撲と飲み会ばかりの77ブログではございますが
恩師のご逝去を、皆様にお伝えでき、ブログの存在意義を感じております。
お互い、がんばって発信を続けてまいりましょう。


きゃんどる様☆
先生の最後の授業の最後のお言葉、これこそ、先生が我々に一番伝えたかったこと。
もはや神託と同然。先生のお言葉を心にとどめ、
謙虚に、誠実に、残り半世紀を生きていきましょう。


訃報

ここのところブログをいていませんでした。萩原先生の訃報。とても残念です。
そこにいるだけで教室に緊張感をみなぎらせる圧倒的な存在感と、質問にいった時の「お~、来たかぁ~」という怖い中にも優しい姿が忘れられません。
今、某学校で教員をしている(同級生の娘さんを教えてます)身として、目指す教員の一人です。

さて、今日ポストに喪中欠礼のはがきが入っていました。
数学の木暮先生が今年の1月に亡くなられていたとのことでした。享年86歳は大往生に近いのでしょうが、哀しい知らせに呆然としました。
2年3年と2年間担任だったこともあり、思い出深い先生の一人です。
別解の鬼で、こちらがどれだけ別解を用意していっても、必ず別の解法を示していました。
チョークの色使いの多さも印象的で、実は今私がチョークを7色常備しているのもその影響でしょう。
当時代ゼミで講師をしていたくせに、卒業式の日に
「エ~、お前ら浪人したら、エ~、代ゼミには行くなよ。駿台に行けよ」とのたまわっていたこともありありと思い出せます。

合掌

P.S.恩師が、親が、鬼籍に入る、そんな歳になっているのですね。

コメントありがとうございます 

KT 様☆

いつもブログをご覧くださり、ありがとうございます。

1月に木暮先生が…言葉を失います。

当方も2H木暮組。いちばんのナマイキな時代、反抗的な態度をとったりして、お世話をかけてばかりいました。

別解の鬼…先生にふさわしい称号ですね。
2H教室。異国の呪文ような、解を、美しい文字で、黒板いっぱいに書いている光景が目に浮かびます。数学コンプレックスの管理人は、写す前に消されてしまい…戦意喪失で、一番後ろの席から、みんなの制服の背中が、山脈のようにつらなって、必死で黒板をうつすのを、モヤイ像のような遠い目で、呆然と眺めていました。


木暮先生のご冥福を、心から心から、お祈りいたします。



KT様、お知らせくださいまして、誠にありがとうございました。
KT様も教職に就かれているとのこと、
きっと、我らの敬愛する名物先生方のような、ステキな先生であられることと存じます。
たいへんな時代に、子ども達を導かなければならない激務、
未来のために、ご指導のほどよろしくお願いいたします。

萩さんの最後の授業

偶然に見付けました。萩原先生が教室に入られると確かに一瞬のうち静寂が訪れ,ひたすらメモをする,そしてここはどうか当たらないようにと念じているとその部分が命中。しどろもどろに応えると,10倍の叱責が。
ただ,卒業前の最後の授業のとき,通常よりもだいぶ早く授業が終わり,なんだと思っていると,お話が始まり,また叱責かと思い下を向いていると,普段とはどうも様子が違いました。話の途中は,記憶が薄れていますが,結びに「人生において評論家になるな。いつも小説家であれ。終わり。」と言われて教室を出て行かれた記憶があります。小生も,田舎で教育に携わっておりますが,恩師の言葉として,卒業生に伝えています。ただ,この言葉は,自分自身が目の前の生徒たちに果たして萩原先生のように真剣にかかわってきただろうかという反省も毎回込めております。

コメントありがとうございます

きんた様☆

貴重なお言葉をこの場で披瀝くださり誠にありがとうございます。
評論家になるな小説家であれ…奥深さに気持ちがひきしまりました。
借り物の上手な訳はいらぬ、己の言葉で訳せとおっしゃっていた先生の授業は生き方を指し示してくれていたのだと気づきます。
きんた様の教え子さんたちもまた、その言葉を胸に巣立つのですね。先生のお言葉が未来に受け継がれていきますよう。

訃報

連絡が遅れましたが、昨年の9月7日三浦先生がお亡くなりになりました。
故人の遺志によりご親族とごく親しい数名が参列しての葬儀告別式を済ませ、10月5日に羽田沖にて散骨式が執り行われました。誰にも迷惑をかけたくないという彼らしい優しさですね。
もう4か月が経ちましたがまだ現実のことと受け入れられない自分がいます。

お知らせくださり、ありがとうございました

澤村先生

三浦先生の訃報に、ただただ呆然としております。
5年前の同窓会にお越しいただいた時は、若々しく、お酒もたくさん召し上がられ、文学的な空気をまとったお姿は在校時となんらお変わりなく、お元気なご様子でしたのに。
本当に信じられない思いでいっぱいです。
三浦先生のご冥福を、心から心からお祈りいたします。


澤村先生、ご連絡をいただき、心より感謝いたします。ご心痛のことと存じます。どうぞお身体に気をつけてお元気でお過ごしください。いつの日かまた、お目にかかれますよう。

3I 寺井


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