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両高七不思議 その七[飛び込み胴上げ]

ゴールデンウィークも今日で最後。

明日から、また、いつもの日常に戻ります。



忌まわしい地震からもうすぐ2ヶ月。

新たに起こるさまざまなトラブルの報道を見聞きするのが苦しいです。

なんでもない日常こそが、いちばんの宝物だと感じます。



さて、、長々とおつきあいいただきました両高七不思議も

今夜で最終回。

最後のフシギは……

飛び込み胴上げ

毎年恒例の体育祭。

万歳三唱した校長が、応援団の輪に飛び込み

胴上げされる風習があります。

管理人は、胴上げの記憶がありませんが、皆様は覚えてらっしゃいますか?

81回生の後輩は、確実にやっていたとのこと。

41回生の先輩は、ありえなかったとのこと。

77回生の時代は、やってましたか?


この飛び込み胴上げは、いったい、いつ、誰が始めたのか?誰も知りません。


誰かが勢いで始めたことが、恒例になり、伝統になっていく。

お祭り好きの下町っ子らしいイベントですよね。




お届けしてきました七不思議

お地蔵さん
三高校章
イチョウ
マッチの碑
古い塀
学籍簿
飛び込み胴上げ


の何故?について、なにかご存知の方がいらっしゃいましたら

どうぞコメントをお寄せください。

また、七不思議の他にも、

母校にまつわる何故?がありましたら、

こちらも情報をお寄せくださいませ。




七回にわたってお届けした両高七不思議のシリーズは
2010年6月30日付、読売新聞江東版に掲載された記事に加筆したものです。
ご愛読いただきありがとうございました。




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両高七不思議 その6[学籍簿]

東京地方、雨です。

関係筋によりますと、

新宿某所のガイガーカウンターが

レッドゾーンを振り切ったとかどうとか…?

そんな噂が一部まことしやかに流れましたが、

ウソかマコトか

どちらの可能性もあるわけで。


ウソでもマコトでも、

どちらにしろここで生きていくわけで。




さて、七不思議、六日目の今夜は…


学籍簿

1983年、両国高校創立80年記念式典があり、当時の校長先生が

「開校以来の学籍簿(成績などを記した書類)が、

戦禍をまぬがれて、完全に残っている」

と述べています。


戦時中、耐火金庫にしまわれていた

天皇皇后両陛下のお写真を、地方に疎開させ(←時代を感じますな…)

かわりにその金庫に学籍簿を入れておいたため、

大空襲でも焼け残ったのだ、ということです。




しかし、学校によると、現在は行方がわからないとのこと。

せっかく、戦争を生き延びた学籍簿ですのに、どうしたことでしょう?

もしそれが残っていたら、

7回生・芥川先輩の通知表もあるはず。

これは文学的価値の非常に高い、後世に伝えたい重大な資料。

母校にとっても、研究家にとっても、お宝といっていい貴重な文献です。

もう一度、見つかるといいですね。





両高七不思議 その5[古い塀]

皆様こんばんは。

お疲れ様です。

さて、今宵の七不思議、第五夜目のナゾは…


古い塀

現在のテニスコートの北側に、

幅約50㌢ほどの、細い裏道があるそうです。

その道沿いに、長さ100㍍の塀が続きます。

(これは、正確なことがお伝えできないのですが、

現テニスコートは、淡交ホール跡地のあたりにありますので、

淡交ホールの北側、つまり、京葉道路側の塀をご想像ください。)


謎は、この塀です。

校内から見ると、高さは1㍍あまりの低いものですが、

外側から見ると、なんと、2㍍もの高い塀となるのです。


41回生の先輩は、

「地盤沈下で、再三、校庭に盛り土をしたからではないか」

と考察されていますが、真相を知る者はいません。


この塀は、関東大震災直後に建てられたもので、

現存する両国高校の建造物の中では、最も古いものだそうです。



今度、母校を訪れる機会があったら、

その落差を体感してまいります。










両高七不思議 その4[マッチの碑]

コドモの日でした。

いつしか、中年ど真ん中の我等ですが、

当ブログにいらした時は、

だんしこーせー・じょしこーせーの

ガキんちょ・コムスメ気分でお過ごしくださいませ。




さて、七不思議、4夜目は…


マッチの碑

京葉道路沿いの、フェンスそばの校内に

なぜか?唐突に?「国産マッチ発祥の地」

という石碑があります。
マッチphoto02石碑の図案は、当時のマッチ箱の柄。


1876年(明治9年)の、はるかはるか昔のオハナシです。

母校の敷地には、

日本初のマッチ工場「新燧社(しんすいしゃ)」が建っていたとのこと。

マッチの製造も、さすがジャパンクオリティ、

海外に輸出するまでの繁栄だったそうです。

こうした説明は、石碑の裏面に書いてあるのですが、

なぜか、学校のフェンス内に石碑があるので、

一般の方は、立ち入ることはできません。



その後、戦争が終わるまで、マッチの生産量は拡大しましたが

50年代に入ると、使い捨てライターの台頭とともに、

マッチの生産は縮小してしまいました。

江東橋photo03
そんな事情で、学校西側の江東橋のガードレールは、

マッチがモチーフとなっています。

気づきませんでした。このカタチ、ちゃんと意味があったんですね。

なんか、カワイイですよね。





マッチの相棒、といえば、煙草。

マッチで火をつけた煙草は、格別美味しいような気がいたします。

我等の先生方も、

また、男子の皆様も、煙草にまつわる武勇伝が多いようで…。

「愛煙家」と、美しい言葉で表現された、古き良き昭和でした。


煙を喫するという文化、

次世代の、そのまた次世代には

絶滅している光景かもしれませんね。







両高七不思議 その3[イチョウ]

連休の中日、皆様いかがお過ごしでしょうか。


管理人は、どこにもいかず、一人まったり。

家の者は、おのおの旅行中。

会いたい友も、旅行中。

馴染みのBARは、休業中。

やることナシ、行くとこナシ、会う人ナシ、の、静かな(ド暇な)夜でございます。


さて、両高七不思議、第三夜目は……


イチョウ

京葉道路沿いの通用門、我等が使っていた校門の左右に、イチョウの木が約10本。

20㍍の高さを誇る大木は、現在、新校舎の4階まで届いています。

東京大空襲の猛火で、校内の樹木は全て焼失したはずなのに、

何故、こんな立派な木が…???06_1-06_豁」髢

我等が薄葉先生は

「戦火を浴びながらも、部分的に焼け残ったものが、再び成長したのでは」

と、考察しておられました。

11_1-11_蜈峨・陦ィ諠・_09_convert_20110502231029 (photo 2点ともデジ卒より転載)


戦災にもめげず、見事に復活したイチョウの木。

この木のように、現在の日本、東北の被災地、

力強く、復興が芽吹きますよう。




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Author:la tera casetta 
 

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